2005年春から始まった発掘調査の概報をお伝えします。


by matsumotoken
アッタール発掘が始めらてから1970年以後45年以上になりますが、今回は発掘調査とその出土織物について特別講演が開催されます。また今年はウムカイスの発掘は行われていませんが、その遺物の整理状況、そして西円形劇場の修復プロジェクトの修復状況についてウムカイスからのJafarによる報告を致します。是非ご覧ください。
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# by matsumotoken | 2016-11-01 10:21
イラク古代文化研究所創設40周年記念
イラク西南沙漠アッタール洞窟出土の古代織物展のご案内
  ミニ講座にも是非来てください。

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# by matsumotoken | 2016-10-11 22:08
またまた久しぶりに更新する。前回はヨルダン5人組が来たときのことだった。あれから私は何をした?そして今何をしようとしている?あれからヨルダン側に具体的な西円形劇場修復計画などを作成し、同時にそれに必要な送金を考古局にして、修復を進めるようにした。ジャファーも私の指示に従って進めるよう、またヨルダン側とも連絡をとって、進めていった。確かに円形劇場の破損したときの石塊が回りに散乱している。これをすべて分類して記録して写真撮ってデータベースを作成するようになっているがこれは至難の業で、根気が要る、従って指示した後はこちらも黙って待っていた。レポートや経費の使用状況などを提出しなければならなかった。そして来年の申請をしければならないので急遽申請書を作成し、大学に上申したところ、大学からは何と来年度の申請は取りやめとなった。理由はヨルダンは危険との判断、またヨルダンへの渡航は禁止とのことであった。・・・・・!申請に関しては周りの方々にお願いして、ご理解をいただいたうえでのことであったが、申請さえもできないとなると、これ以上周りの人に無理を言ってご迷惑をおかけしては申し訳ない。ということで、来年度以降の西円形劇場修復事業は取り止めとした。残念であるが、仕方がない。直ちに学長よりヨルダン考古庁長官あてに西円形劇場修復事業の共同事業の取りやめの文書を送ってもらうよう依頼した。なぜなら両機関で覚書を締結しているからであった。後は今年度末までヨルダン側にがんばってある程度までは修復を成し遂げてもらわねばとの思いでいっぱいである。ここは意地でも自分たちでやったる!!とがんばってほしい。きっちりやればまたチャンスはくる。ウムカイスはそれだけの遺跡だから。また世界遺産認定の候補でもあるのだから。少々愚痴っぽくなったが、春の展示は中東の文化遺産の危機ーシリア編ーをおこなった。なかなかの好評で橿原考古学研究所の西藤さんにもギャラリートークで話していただいた。そして夏は丁度お盆に食道がんの手術を前回に続いて有明がんセンターで行った。前回同様初期のガンで手術は成功で問題はない。しかしやはり酒は薄めて飲んでもだめのようだ。トホホホ・・・ 今はもっぱらノンアルコールといったところ。そして秋の展示は明後日からイラク西南沙漠アッタール洞窟の発掘調査ー古代織物展を12月20日まで開催する。またミニ講座も開く、乞うご期待。何でも長くやっているといろいろなことが見えてくる。
アッタール洞窟調査は故藤井秀夫教授が1969年にイラクの踏査の折、アッタール洞窟を発見したことにはじまる。私は1972年に始めて発掘調査に参加した。40年前の同志よ集まれ!またイラクで働いた同志よ1970年代のイラクを語ろう。
# by matsumotoken | 2016-09-24 22:04
またまた久しぶりに更新する。前回はヨルダン5人組が来たときのことだった。あれから私は何をした?そして今何をしようとしている?あれからヨルダン側に具体的な西円形劇場修復計画などを作成し、同時にそれに必要な送金を考古局にして、修復を進めるようにした。ジャファーも私の指示に従って進めるよう、またヨルダン側とも連絡をとって、進めていった。確かに円形劇場の破損したときの石塊が回りに散乱している。これをすべて分類して記録して写真撮ってデータベースを作成するようになっているがこれは至難の業で、根気が要る、従って指示した後はこちらも黙って待っていた。レポートや経費の使用状況などを提出しなければならなかった。そして来年の申請をしければならないので急遽申請書を作成し、大学に上申したところ、大学からは何と来年度の申請は取りやめとなった。理由はヨルダンは危険との判断、またヨルダンへの渡航は禁止とのことであった。・・・・・!申請に関しては周りの方々にお願いして、ご理解をいただいたうえでのことであったが、申請さえもできないとなると、これ以上周りの人に無理を言ってご迷惑をおかけしては申し訳ない。ということで、来年度以降の西円形劇場修復事業は取り止めとした。残念であるが、仕方がない。直ちに学長よりヨルダン考古庁長官あてに西円形劇場修復事業の共同事業の取りやめの文書を送ってもらうよう依頼した。なぜなら両機関で覚書を締結しているからであった。後は今年度末までヨルダン側にがんばってある程度までは修復を成し遂げてもらわねばとの思いでいっぱいである。ここは意地でも自分たちでやったる!!とがんばってほしい。きっちりやればまたチャンスはくる。ウムカイスはそれだけの遺跡だから。また世界遺産認定の候補でもあるのだから。少々愚痴っぽくなったが、春の展示は中東の文化遺産の危機ーシリア編ーをおこなった。なかなかの好評で橿原考古学研究所の西藤さんにもギャラリートークで話していただいた。そして夏は丁度お盆に食道がんの手術を前回に続いて有明がんセンターで行った。前回同様初期のガンで手術は成功で問題はない。しかしやはり酒は薄めて飲んでもだめのようだ。トホホホ・・・ 今はもっぱらノンアルコールといったところ。そして秋の展示は明後日からイラク西南沙漠アッタール洞窟の発掘調査ー古代織物展を12月20日まで開催する。またミニ講座も開く、乞うご期待。何でも長くやっているといろいろなことが見えてくる。
アッタール洞窟調査は故藤井秀夫教授が1969年にイラクの踏査の折、アッタール洞窟を発見したことにはじまる。私は1972年に始めて発掘調査に参加した。40年前の同志よ集まれ!またイラクで働いた同志よ1970年代のイラクを語ろう。
# by matsumotoken | 2016-09-24 22:04
またまた久しぶりに更新する。前回はヨルダン5人組が来たときのことだった。あれから私は何をした?そして今何をしようとしている?あれからヨルダン側に具体的な西円形劇場修復計画などを作成し、同時にそれに必要な送金を考古局にして、修復を進めるようにした。ジャファーも私の指示に従って進めるよう、またヨルダン側とも連絡をとって、進めていった。確かに円形劇場の破損したときの石塊が回りに散乱している。これをすべて分類して記録して写真撮ってデータベースを作成するようになっているがこれは至難の業で、根気が要る、従って指示した後はこちらも黙って待っていた。レポートや経費の使用状況などを提出しなければならなかった。そして来年の申請をしければならないので急遽申請書を作成し、大学に上申したところ、大学からは何と来年度の申請は取りやめとなった。理由はヨルダンは危険との判断、またヨルダンへの渡航は禁止とのことであった。・・・・・!申請に関しては周りの方々にお願いして、ご理解をいただいたうえでのことであったが、申請さえもできないとなると、これ以上周りの人に無理を言ってご迷惑をおかけしては申し訳ない。ということで、来年度以降の西円形劇場修復事業は取り止めとした。残念であるが、仕方がない。直ちに学長よりヨルダン考古庁長官あてに西円形劇場修復事業の共同事業の取りやめの文書を送ってもらうよう依頼した。なぜなら両機関で覚書を締結しているからであった。後は今年度末までヨルダン側にがんばってある程度までは修復を成し遂げてもらわねばとの思いでいっぱいである。ここは意地でも自分たちでやったる!!とがんばってほしい。きっちりやればまたチャンスはくる。ウムカイスはそれだけの遺跡だから。また世界遺産認定の候補でもあるのだから。少々愚痴っぽくなったが、春の展示は中東の文化遺産の危機ーシリア編ーをおこなった。なかなかの好評で橿原考古学研究所の西藤さんにもギャラリートークで話していただいた。そして夏は丁度お盆に食道がんの手術を前回に続いて有明がんセンターで行った。前回同様初期のガンで手術は成功で問題はない。しかしやはり酒は薄めて飲んでもだめのようだ。トホホホ・・・ 今はもっぱらノンアルコールといったところ。そして秋の展示は明後日からイラク西南沙漠アッタール洞窟の発掘調査ー古代織物展を12月20日まで開催する。またミニ講座も開く、乞うご期待。何でも長くやっているといろいろなことが見えてくる。
アッタール洞窟調査は故藤井秀夫教授が1969年にイラクの踏査の折、アッタール洞窟を発見したことにはじまる。私は1972年に始めて発掘調査に参加した。40年前の同志よ集まれ!またイラクで働いた同志よ1970年代のイラクを語ろう。
# by matsumotoken | 2016-09-24 22:04