2005年春から始まった発掘調査の概報をお伝えします。


by matsumotoken

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片多氏帰国へ

今日午前中は少々雨模様であったが、午後になってようやく日が差してきた。
午前中は北アンマンにあるAin Ghazaに行く。ここは先史時代さらには先土器新石器時代Bと言う時代(通称PPNB)という紀元前約7500年頃の住居址である。初期農耕、初期牧畜時代のころである。丘の斜面に作られた住居址が発掘されている。博物館に展示されていた粘土製の人形がここから出土している。先史時代の重要な遺跡である。この遺跡も
一時は開発で破壊されそうになったが、皆さんの協力で破壊を免れたと言われている。ただこれらの先史時代の遺跡を人々にまた観光客にその重要性を示すのは極めて難しいし、経費を要する。続いてAhar al-Khafに行く。ここもアンマンの東北部という近いところ、またの名をseven sleepersといわれている。7人の子供が迫害を恐れて300年間眠っていたという話で旧約聖書やコーランに載っている。近くに墓がいくつも発掘されている。
そしてアンマンの円形劇場に戻り、両サイドにある博物館も見学する。円形劇場はトップまで登るとさすがに迫力満点である。学生が作ってくれたサンドウィッチをイラク人とともに劇場の前でいただく。その後はNympaemを見学、ここは公害や地下水の湿気の害で石がぼろぼろと崩れていっている。惨憺たるものだ。やはり石造の遺跡と言えども保存を真剣に考えなければならないと実感。もちろんウムカイスでも風化によって脆い石灰岩が壊れて行く様子が伺える。石と言えでも永遠ではないことが実見できる。
その後はいろいろな野菜や果物を売っているスークを通ってモスクへここは以前は教会があったと言われている。昨年の夏に岡田保良さんグループと一度訪れたこともあって再度挑戦した。今回アリーがモスク内部でいろいろな人に聞いたがやはりその情報は聞かれなかった。
今日は遺跡保存の良い所、問題のあるところなどをい確認しながら各種の遺跡を調査することができた。また」イラクの研修生ともイラクが持つ、また持つであろうということも含めて話し合うことができた。昼過ぎ片多氏はJICAによってアンマンを飛び立った。ご苦労さまでした。マッサラーメ。

アイン・ガザル(紀元前7500年頃)
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1850年代のアンマンの円形劇場(アンマン民族博物館所蔵)
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現在の円形劇場
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水を運ぶ女性
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鮮やかな色をした種々の果物が並ぶスーク
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by matsumotoken | 2007-02-27 23:28

西浦さん到着

昨夜から雨だ。それでも7時に車が来て、またアリーが来て車で出発。イラク研修生を乗せて、まずはJICAによって国士舘ハウスの鍵を西浦さんに渡してもうらうために立ち寄る。その後南に下ってUm al-Rassasにいく、これらの行程はすべてGPSに記録してある。この遺跡はビザンチン時代の遺跡で駐屯地Kastron Meffaでもあった。教会が多数建造されていた。その床のモザイクは見事である。それにしても遺跡は広大でしかも石石石、まだアーチがあちこちに残っている保存状態の良い遺跡である。私にとってはこうした新しい都市が昨日まであったような気がする。それにしても東地中海沿岸地域の激変のすごさを感じ取ることができる。近くにタワーもある。その後はDhiban(モアブ王国の王都を車中から見て次にKhirbit Iskandarによる。ここは近くに川が流れている環境の良いところでもあり、銅石器時代から初期青銅時代の遺跡である。ここには石も壁に使われているが、日干し煉瓦私には焼成煉瓦に思えるが、使われている。大変興味深い遺跡である。その後はマダバの考古局の事務所件博物館によって軽食そして見学、そしてネボ山を見学、今日は雨であるがこういうときのネボ山からみた風景はいかにということで興味があった。案の定雲の間から、Jerichoが日が差して幻想的だった。
その後は宿舎に戻る。西浦さんがすでに到着、日本の様子も伺った。続いて戸田先生と学生が夕方ジャラシュ、アンマンなどを見て到着、直ちに夕食を作りにとりかかり、今日は皆でカレーパーティである。ウムカイスは富田さんと後藤君のい2人になった。許可が出れば皆と今でもすぐに飛んでいくのだが---

世界遺産のウムアルラッサースのモザイク展示室
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ウムアルラッサースの遺跡、石、石、石
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ビザンチン時代のオリーブオイル搾り装置
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ヒルベット・イスカンダル遺跡
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泥レンガが見える
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アラブの女性
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イラク人研修生、ヨルダンDOA職員(一人は前列の最初のヨルダン研修生カーリットさん)と
松本、片多
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アンマン城での戸田先生と飯山、庄司、福原君
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by matsumotoken | 2007-02-27 01:08

砂嵐来る。

今日は朝から砂嵐で風も強い。全体が砂色、黄色い空になり、遠くは見えない。ただ時々青空が見えることもある。風は南風に近い。今の季節は通常西風が多い。そして午後にはぱらぱらと降ってくるようになった。最初は泥雨と言う感じで車のフロント、ガラスも埃で曇っている。そこに雨が降ってくると泥をかぶった様なる。砂嵐も竜巻のような部分的なものと、全体この地域を包むように覆ってします砂嵐がある。
今日は午前中片多さんの遺物修復の講義、パワーポイント使って、具体例を出して順序良く進めて行くやり方を解説して行く。それに対してイラク研修生も普通にう持っている問題点を具体的に出してくるといった感じで実に具体性、現実味のある講義で有意義であった。問題と言えばやはり、イラクでは手に入れにくい機材や液などであろう。B72は極めて有効であるが、高価でイラクではまだ入手されていないようである。そこで少量のサンプルを提供した。
また錆付いたコインなどの錆を取るために容易に硼酸などの液に浸して取る方法であるが、これは本体を傷つけてしまう恐れがあるにもかかわらず仕上げがきれいであり、容易に錆を取りやすい点から使用されることが多い。これには大いに問題がありと私は思った。

出土遺物の保存・修復について講義する片多雅樹専門家
保存とは? 修復とは?
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午後はイラク人のアクションプランの発表である。これにはJICAからも評価委員なる人たちが来て、いろいろと質問そしてアクションプランの発表も聞いて帰った。
バビロンのアリーは小学校、」中学校、高等学校、大学でも文化遺産の大切さを公演して回ったと言う。テレビにも出演したそうである。
ナスリアのアリーはイラク南部の沼沢地での遺跡の分布調査を実施した。そしてデータベースを作成した。この沼沢地は一度サダム政権の時に干しあがってしまったのであるが、それが今再び水がユーフラテス川から入れられ、顔を出していた遺跡群がまた再び水に沈もうとしているのである。これには私も新聞等でもその遺跡の調査をするべきであると何度も訴えた。何故ならこの地はメソポタミア文明の発祥地であり、そのなぞの解明をするためにはこれらの遺跡の調査、また古環境を調査することが必要である。ただ今は刻々と水嵩をあげて、多くの遺跡が謎を秘めたまま水に沈んでいっていいる。イラクに行けるならば飛んで行って調査をしたいところである。そうした中でアリーを中心に皆厳しい環境の中で調査を行っていることには敬服する。近く10の遺跡を発掘するための経費が政府から拠出されるとのこと。
サリームはバグダッドの博物館勤務であるが今現在博物館は」閉鎖されている。そこでバグダッド周辺で発掘されたときに出土した遺物のデータベースをエクセルで作成して整理している。やがてこの方法を地方の博物館や考古学者にも支持してデータベースを作成すると意気込んでいる。
フセインはカルバラ県の中の遺跡の分布調査を行い、アクセスでデータベースを作成している。エクセルからさらにアクセスを使うようになった。積極性が見られる。そのほかにもオスマントルコ時代のモスクの修復それは日干し煉瓦でできているが、それをできるだけオリジナルの材料を使って修復している。こうして研修で学んだことを小冊子を作って皆に配布するとのことである。またテレビにも出て文化遺産の広報にも勤めている。アッタール洞窟を紹介していた。
こうして発表は終わったが全体としてはかなり積極的に行動していることからその研修の成果が著しいように思えた。

JICA派遣の評価員に何を訴えているのかイラク人研修員
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ウムカイスでは戸田先生、学生諸君3人、富田さん、後藤君、ジャファーががんばって等高線を測量しているに違いない。また明日午後から戸田先生が引率して学生3人を研修旅行に連れて行く。また西浦さんも午前中には着くはずだ。明日の夕方はアンマンの国士舘ハウスは満タンである。
by matsumotoken | 2007-02-25 23:06

小野さん帰国

今日は小野さんが夕方4時半発のEKで帰国へ。
そこで朝7時にも皆さんとお別れ。松本、片多に迎えに来たJICAからの迎えの車に乗ってアンマンへ、そして一旦国士舘ハウスへ、そして荷物を降ろして、シャムパレスホテルへイラク人研修生を乗せて、アバルボーのラボへ、ところが今日は休みでラボの責任者は来ていない。鍵はない。急遽、隣の建物の責任者が来て応接室を借りることになる。そこで小野さんのエクセルを使った統計学の講義と相成った。12時までである。この講義は前にも行ったが、その頃はコンピュータの使い方も知らない状態だった。今回は研修生が4人と言うこともあってゆっくりと丁寧に進めることによって、何とか進んだ。統計の意味知ることが重要な点である。そうすれば発掘の仕方も変わってくるに違いない。また僅かな残り時間を駆使して地中レーダーの成果も報告した。途中吉岡さんが来たけれど、何ら状況は変わらない。計画、予定は狂った、何とかその場に対応して研修を進めているのが実情である。明日は今度はまたヨルダン滞在も残り少なくなった片多さんに11時まで修復の講義を、その後はイラク人のアクションプランを発表してもらうことになっている。
一日にも早い発掘およびイラク人滞在許可が出ることを望む。
ウムカイスでは皆等高線の測量をしているはずである。
今日は少々砂嵐気味である。明日は雨になるかもしれない。

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今日で帰国の小野さんを送くる(国士舘ウムカイスハウスの前で)
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パソコン使っての統計学を教える小野さん
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by matsumotoken | 2007-02-25 01:25

イラク人研修3日目

本来ならばこのイラク人研修は今まで3年に渡って研修してきたことをウムカイスという遺跡の調査、修復などを通して行う予定だったが、現地ウムカイスへ行くことができない。そこで今日も計画を変更し、昨日遺物のクリーニングおよび修復を行った経験を通してその目でアンマンの博物館の展示物を観察して、実感することが必要ということで、アンマン城にある博物館を訪ねた。予め連絡してあったので、アイダ ナガウィ博物館長も待っておられて、いろいろたとえば、展示物の管理、発掘されてきたものの登録法、データベースの作成法などなどを話してくれた。その後展示物を解説してくれた。その中で質問もして研修生も納得していたし、片多さんも初めてのようで、ヨルダンでの修復法などにも注目して聞きながらまたこうした法が良いのではないかなどとの意見もあった。私は展示物の説明の後に再度ウムカイスに直接関係する時代の遺物を間接してそれを記録するようにと説明、何故ならウムカイスの遺物の整理、データベース作成の時には年代の設定もしなければならないからである。私自身も遺物の図面(スケッチ)をとった。
 その後少し時間があったのでアンマン城を見ながら、修復の仕方などの問題点などをアリーさん(通訳件調整役)の意見を聞きながら検討した。研修が終了する頃にアリーさん、また吉岡さんの連絡によるとやはりイラク人のウムカイス行きの許可がまだ出ていないとのことであった。予想はしていたもののがっくりである。これで研修計画も大幅変更をせざるを得ない。ウムカイスの資料の整理や修復や実測や測量や発掘などもできないのである。さてどうしたらいいものか。とにかくウムカイスに帰ることにした夕方松本、片多、地すべり調査研修を終えた後藤は7時に到着。ウムカイスの戸田、学生3人はG9の遺物の整理に続いてトータルステーションによる等高線の測量を進めている。富田さんとじゃファー組も等高線の測量を進めている。小野さんは地中レーダーの探査をベーイトオマリーのすぐ西側に続いて更に西の我々の発掘地の更に西側の墓地の北の箇所でもっとも高いところの探査を実施し、埋蔵物の有無の確認ができた。ただ何が在るかは判断できるものではない。そこに何かがありそうだという確認ができることが地中レーダーの成果といえる。現在ではそれ以上の成果は求められないのが現状である。という報告を受けた。
また私のことも皆心配してくれた。2日間ではあるが飲んでいないのにも驚いてくれた?
今は薬を飲んで、血圧を計りながら、様子を見ている。

ヨルダン博物館前のイラク研修生(アリー、アリー、フセイン、セリーム)と松本、片多
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アンマン城の遺跡でウムカイスのエンジニアのアリーさんがコンピュータの説明
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久日ぶりに皆さんと夕食(シュワルナゼと戸田流ジャガイモパワー料理)
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by matsumotoken | 2007-02-23 17:35

アンマンは車そして車

今日は2日目のイラク人研修である。8時に車が来て、イラク人を乗せてアブルボーのラボに行く。アンマンの朝の勤務の出勤時間はラッシュすごい、危ない場面もあちこちで見られる。クラクションもあちこちで鳴りっぱなし。これも平和の象徴か?研修は片多さんの修復の研修である。特に調査の結果表層に近いところだが、コインがかなりの点数が出土している。しかしそれらは錆びたり壊れたりもしている。これらを記録をしながらクリーニングしていく。顕微鏡を覗きながらの錆びを取っていくのである。その前には写真を撮って修復用のカードを作って記録を残しておくことが必要である。現在では写真もデジタルで楽になったが、以前はカメラに接写リングをつけたり、マイクロレンズを着けたりして、撮ったものである。今ではどのように写っているかを確認しながら進めることができる。便利になった。セリームがクリーングしたコインはエンジェルが向き合って手を挙げている姿が浮かび上がってきた。根気のいる作業である。帰りにJICAに立ち寄る。そこへ後藤君が地すべり調査に参加してアカバから帰ってきた、そこにイラク人研修生は後藤後藤の大声援。

何故かこれらが修復室のラボに
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今日は副長官(ファイサル副長官)も訪問
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コインを顕微鏡でクリーニング
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修復物のデータ作成を指導の片多さん
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そしてまた今日も松本は病院に結果を聞きにいった。CTスキャンの写真や胸と頭のレントゲン写真を説明してくれた。やはり明らかに血液が溜まっている。ただ大きさは0.5mm位だということであった。胸のレントゲンは異常なし、血液検査は異常なし、そして帰りにそれらをくれた。血液の検査結果もくれた。ただやはり血圧が高いので心配であるとのこと、170-110程度。薬を飲んで1週間後(水曜日)3時半に来るようにとのことであった。今日も西岡さんに来ていただいて面倒をかけてしまった。知識も豊富で、医学の英語にも長けておられて大変助かったし、感謝感謝である。
by matsumotoken | 2007-02-22 03:21

イラク人研修始まる

20日の朝8時15分にウムカスを出て、11時頃にやっとアンマンに着く。JICA事務所で吉岡さんが乗り、我々の国士舘ハウスに立ち寄って、荷物をおろし、sham place hotelにイラク人が居るので、立ち寄る。久振りというか夏以来である。フセイン、アリー、アリー、セリームのチームリーダー4人である。互いに抱き合い、互いの健康と無事を祝福しあって、それからアンマンの若干北にあるアブルボーといわれているDOAの修復ラボラトリーがある。そこで研修を行なうという計画である。この場所は以前にも来たことがあり、少しは知っていた。そこでいろいろと施設を見せてもらい、説明を受けた。また今後の予定を吉岡さんが説明した。

松本に天罰が降る!
2時半に研修終了というところで、車の中で吉岡さんに私は尋ねた。JICAにはお医者さんはいらっしゃいますかと。え?何故ですか。看護師さんが居ますけど。と言われたので、実は少々目まいのような、足元が少々ふらつく事があるもので、問診でもしていただきたいのですがという話をしたところ。それでは至急西岡さんという看護師さんに連絡とってみますとの返事。西岡さんは電話をしてきて様子を聞いてすぐに病院に予約をしてくれた。念のために病院で診てもらいましょう。JICAに着くと少し話をきくとすぐに車で、アラブメディカルセンターに行くと英国の医学部を出たと言う少々年輩のドクターが診察してくれた。いろいろと診断するうちに、CTスキャン、レントゲン、血液検査、血圧検査などなどをすることになった。やはり脳に異常がないかということがもっとも気になるところだった。それぞれの結果はすぐに出るわけではないが、3時頃から5時頃までかなりいろいろと調べてくれた。特に結果としてはCTスキャンで脳(小脳)に血が溜まっているとのこと、ただ大きさは差ほど無いので血圧などで調べながら様子を見る必要がある。1晩入院しなさいと言う話にも一時はなったのだが、結局薬、血圧、安静、アルーコールは飲まないことなどが注意されて、明日3時頃にくる事になった。血液などの結果を見ることになった。要するにこのままこの脳の中の出血が止まり、後に自然治癒すればそれにこしたことはない。しかしそれにはまだ時々様子を見守っていく必要があると言うことである。この原因は2月16日夜の出来事だった。
神の罰と受け止めよ!!!
by matsumotoken | 2007-02-22 02:05

青空の下での遺物整理

今日は暖かい日で、空は青空。小鳥たちがさえずり、のどかで、ここが国境の町とは思えない。
政治的にはパレスチナ、イスラエル、アメリカの平和にむけた会談があったが、まだまだ平和は遠い。
そのための厳重警戒だったかもしれない。イラク研修生はまだアンマンである。JICAの吉岡さんがDOAと相談した結果、とにかく許可がでるまで、アンマンで研修することになった。明日松本と片多はアンマンへいく。
戸田、富田、学生(飯野、庄司、福原)は昨年夏の発掘から出土した遺物の整理をした、土器洗いである。歯ブラシで丁寧に土を落として行く根気の要る作業である。しかし遺物を知るためにはこの作業は重要なことである。この観察によって、土器の製作技法、形、また特徴などが解ってくる。
小野さんはベイトオマリーのそばで20mx30mの枠に1mづつのグリッドを組んで、そのラインに沿って地中レーダーを走らせ、データを収集。興味ある結果が出たようだ。

青空の下での遺物整理に懸命の学生諸君。
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by matsumotoken | 2007-02-20 15:12

イラク人の研修始まる---

今日も少々荒れ模様。
 にもかかわらず、何とか現場で小野さんは円柱をトータルステーションでスキャン。戸田さんは富田さん、学生とともにう昨年夏に発掘したG9の遺物の整理。松本、片多はイラク人
研修生が10時につくと言うので博物館で待っていた。ところが、10時になっても到着せず、連絡が入ってウムカイスの前にあるチェックポイントで止められて、ウムカイスに入るには許可証がないとだめだと言うことになり、JICAの吉岡さんがいろいろと交渉したが、アンマンへ引き返すことになった。2-3日すれば許可証が出るだろうといわれたが、どうなるは解らない。研修の内容を変更せざるをえない。果たしてアンマンで何ができるか。とりあえず吉岡さんが19日にDOAでそうだんすることになっている。その結果で考えるしかない。アッラーケリーム。
by matsumotoken | 2007-02-19 13:06

がんばる後藤君


昨夜は学生3人(飯野、庄司、福原)と戸田先生がウムカイスに到着した。その歓迎会で少々飲み過ぎてしまった。朝起きると部屋が模様替え.また頭に絆創膏が貼ってある。どういうことなのか理解できない。
とにかく今日は良い天気。日中は20度になった。今日は学生にトータルステーションの使い方を指導。そしてG10を見ると何と遺構が崩れそうになっている。ひびが入って崩れそう。と言うことで急遽写真測量。後藤君が頑張った。
また午後には片多さんが到着。急ににぎやかな調査団となった。彼は保存修復の専門家である。昨年夏にもこのプロジェクト参加した。
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頑張る後藤君
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by matsumotoken | 2007-02-18 00:29