2005年春から始まった発掘調査の概報をお伝えします。


by matsumotoken

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今日は華木、明日は休み

やややや~~~
久日ぶりだよおっかさん!(死んじゃっていないか)
発掘の成果もようやく出てきた。初期ローマ門も実態がシュワイヤわかってきた。それはともかく
今日は華木、かんぱーあ~~~い。

サクラーン状態。
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は~~~~い、元気ですか?
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うれしそう~~。酒があればいいのかよ~~~ん。
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ロアイも入れてシャバーブ乾杯~~い。
by matsumotoken | 2007-10-26 03:18
イラクへの道ともいえるこの道は私は何度もバグダッド目指してこの砂漠の道をGMCのタクシーを飛ばした。しかしながら途中にもいろいろと遺跡はあったのだが、なかなかゆっくりと見ることはできなかった思いがある。それでもイラク人研修期間は何度か行った。途中にあるアズラックの泉を中心に遺跡が分布する。しかし旧あるいは中石器かの遺跡(ハラーネ4など)が、またウマイヤ朝のカリフの離宮が砂漠に建設されている。カスルハラーネ、クセールアムラ、カスルアインエッスィール、など。後はアズラックが昔広大な泉であり、湿地帯であったころを紹介している、博物館、そして残り少ない湿地(ポンプで汲んで水を補給しているらしい)、この水はアンマンに送られ、今は枯れてしまった。こういう自然と人間の生活をどう調整するのか、人類の共通の問題である。
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ハラーネ遺跡(イラクのウハイダルを思い出させる)ウマイや朝
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ハラーネのそばにある中石器?時代の遺跡から
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クセールアムラ遺跡(世界遺産)ウマイや朝のカリフの離宮、中にはここで生活したときの壁画や人々の生活の状況を描いた壁画がある。
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カッスルアルアズラック、アラビアのロレンスが戦いの拠点にしていた。玄武岩でできた真っ黒な城砦。この周辺は玄武岩が数百キロに渡って広く分布している。
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人にとっても鳥にとっても、あらゆる生物にとって砂漠のオアシスだった。それが枯れてしまった。
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カッスルエッスール(ウマイヤ朝の要塞?)ここではウマイや朝の土器片がかなり落ちていたので参考になった。石器もあった。
by matsumotoken | 2007-10-24 00:08
少々雨や荒れ気味の風が吹いたりしたけれど、少し落ち着いてきたが、日中は暑い。残暑問い感じ。それでも頑張っています。発掘は楽しい。何が出るかわからない。今日なんか50cm以上に掘っているのにまだ水中で見たようなゲンゴロウのような虫とか、私のもっとも嫌いなミミズ、またカタツムリの殻が出てきて、いったいこれが2千年前のものかーーー!と、親愛なる我が同士(彼は私をシェンシェイと日本語で呼ぶが)にこれは近代モダ-ンな時代ではないかと問う。この時代は非常に湿気の多い時代だったと彼は解く。確かにカタツムリは新石器時代のも掘ったことがあるが見た目では非常に新しい、このE10は新しいのではないかと疑問を抱く。もちろん出土するのはビザチン時代の土器片も出土する。これは解釈するべきか。
今日はジャファーに電話でヨヨルダン大学アラビア語コースの話をしてくれて近く返事がくる。
by matsumotoken | 2007-10-22 01:25
2日めの13日のぺトラ、早朝から出かけたが、まず驚いたのが入場チケットが何と!21JD、ボリだ。2人は学生証を提示したが、門前払い。結局学生だろうが、誰であろうが21JDを支払えとのこと。それにしても高い、ウムカイスの作業員の賃金は1日4JDである。この入場料は外国人向けで、現地ヨルダン人は1JDとのこと。そしてこのぺトラには年150万人の人が訪れるそうである。総額いくら?観光立国を目指しているヨルダンは観光はオイルに匹敵するとの考えだそうだ。とにかくここまできたら払わざるをえない。我々は手続きすればおそらく無料で入れると思うが(実際イラク人研修生と来たときは無料で入った)、ここは文化財保護のために支払って入場。平山、小谷君にしてみると最初だったので痛く感激していた。私はすでに10回は越えている。今回はアメリカ隊ブラウン大学が発掘そして修復をしている神殿を始めてみた。やはりここでも水の確保には十分気を使っている。水槽やパイプをあちこちに張り巡らしている。ウムカイスとの比較にも面白い。また円柱も砂岩を幾段にも積み重ねているところが地域性もでているし、キャピタルにも象を浮き彫りにしているのが興味深い。さて問題は山の頂上にある聖廟に行くか行かないか、ぺトラの西の奥にはレストランと小さな博物館がある。私は今日はここでやめようと思っていたのだが、1人で待っているのもつまらない、3人で生ビールを一杯飲んでいくぞうと気合を入れて、出発。ここから歩いていくと1時間、ロバで登ると25分だがロバをどうですかと、盛んに誘われる。その誘いを無視して一気に上る。60還暦のおじさんの最後の頑張り。それが、登ってみると、ななな~~んと25分で登りきったのである。私もまだまだ少しは体力と気力が残っているらしい。アッラーアクバル。途中領事館員と日本語のうまいムーサ君にあった。彼も日本に留学するだろう。そして今度は一気にリズミカルに下った、15分である。
今回の成果は体力への自信がシュワイヤできたことである。ということもあって帰りはタクシーの中で機嫌よく少々?おいしいものをいただいた。
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岩山の割れ目の細い通路を歩きながら、絶壁を仰ぐ小谷、平山君。すご~~い。感激!

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これがナバティア人が建設した都ぺトラ、そしてアルハジネ聖廟。インデージョーンズの最後の聖戦の映画の一場面に登場したところである。

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遠くに見える神殿がアメリカブラウン大学が長い間発掘そして修復している神殿。

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これはブラウン大学発掘の神殿の平面図とその説明、これらはまだ観光用解説書には出ていない。

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聖廟の西側に少し歩けば、目前に荒々しい岩山の絶壁、そしてはるか遠くにイスラエルを望む。
by matsumotoken | 2007-10-19 23:42
10月12日から15日までのラマダーン明けのイードが4日間、終わり明日からは仕事だ!!!。私も休みといきたいのだが、シャバーブズ 2人(平山、小谷)をつれて研修旅行と相成った。11日にアンマンへ、12日は朝かネボ山、教会、そしてマダバ(しかし博物館は休館)、セントジョージ教会などを見学、そこで昼食鶏のグリル うまい!
それからムカウィルの高い山、ところが何と私の靴の底が抜けてしまった。山登りを片方の靴が低いのでうまく歩けない。腰までおかしくなってしまった。ただこの山の頂上に上るとすばらしい景色が待っていた。ただヘロデ王がサロメにメシアの首をあげたという逸話は怪しい。というのも怪しい美人が住むようなところではない。次にワディワラというダムもあるが比高差が高く上っていくのにも少々怖い思いもするくらいの山の急斜面、絶壁である。ここで化石を売っていたので買った。(10JD)途中アルカッスに立ち寄った、小さいウマイヤドの城である。次にはご存知ケラック城である。残念ながら博物館は休館。もっとも高いところまで上ったが、ずーんとしてくる。そしてぺトラの前のホテルに泊まる。小さい朝食つき20JDのホテル。運転手イサの紹介。
今日は初日だけにしておく。目がかすんできた。
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ネボ山にて、遠くエルサレム、ジェリコ、死海が見える。

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ムカウィルを今から登るぞーー。

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戸田先生、ディジャージ(鶏)、半分しか食べれなかったがうまい!

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アルカスルというウマイヤドの城、ウムカイス同様に再利用されている。
by matsumotoken | 2007-10-16 01:01
それが一体何なのさ?ラマダーンはイスラム教徒にとって義務である断食の月、当然アルコールは飲めないし、店にも売っていない。従って異教徒の我々はラマダーンが始まる前に大量に買っていなければ、買うにも買えない。私はドバイで多分ないだろうとジョニ黒を買ってきたのだが、2晩でなくなり、後小谷君が持っていた小瓶のアラックも一晩でなくなり、遂に今日、ラマダンが終わる日(11日)を前に、完全に我々の宿舎からアルコールが無くなった。と思いきや何処からかウォッカの匂いがする、小谷君の部屋、すなわち川上、後藤君らが住んでいた部屋からでもない、遂に嗅ぎ当てた、それは事務所の台所にある川上私物のダンボール箱、そこの底にはななな~~~んと10本くらいであろうか、ウォッカのビンが箱に詰められているではないか。見てはいけないものを見てしまった。ということで、川上君ーーん。一本くらいーーー。だぶんもう一本くらい、借りるから、ラマダーンが終わったらも戻しておくから、インシャーラー。
ただし私は皆に言っている、私物は宿舎において居ても良いが、捨てられてもいいものだけにすること、また仮に捨てられても文句は言わないこと。そうしないと私物はたまる一方で捨てように捨てられなくてごみの山になることを引越しなどで困ったのを経験している。
ということで私物を整理するという言い分も少しある。
さて、ウォッカをキュッーと! きくう~~~。
by matsumotoken | 2007-10-10 20:20
 このところラマダーンも最終になってきた、ワーカーもだいぶんお疲れの様子。来る金曜日にはラマダーンも明けて、イード休みの4日間の連休に入る。我々はどうすればいいの?当然研修旅行?それとも寝イード?
それはともかく、G9はそろそろ岩盤に達し、最後に墓が出て人骨を掘り出す作業、それは戸田先生によると古~~い墓で金銀財宝がでそうだということだ。私はたくさん墓は掘ってきたので、あまり気が進まないが、平山君は楽しいというので、掘り始めた。すーーーすると、何とかわいい161cmの美人のウムカイスの女王?ではありませんか。
ところが残念ながら、美人の割りに、副葬品は何もなし、頭は西向き、顔は南向き、ひょっとしてメッカを向いたイスラム墓?う~~n!!!

写真の添付ができない。今回1200万画素のカメラ、サイズも解像度も小さくしているのだが、はいらなーーい。どうしたらいいのでしょう? 後藤君1
by matsumotoken | 2007-10-09 23:57
6日にアンマンに着き、サバーさんからインクを受け取って、ウムカイスへ。ウムカイスは東京同様に涼しくなってきた。早朝は毛布がいるほど。小谷、平山君も元気のようで一安心。地下墓も立派なドアーが作られていた。これで少しは落ち着いて調査ができる。ただ地下墓の中に水が入っていたようで、粘土質の堆積があり埋もれている。中もむっとして湿気も高い、異様な臭いも漂う。小谷君は蚊にやられたそうだ。この蚊にとっても久しぶりというか、少なくとも人間の血は1千年以上は吸って居なかったのでは?明日は早速日本製蚊取り線香を炊いてみることにする。G9も、G11も少しずつ進んでいる。またローマ道の北側もセクションを作ってみている。ところがこのセクション、新しいナイロンも堆積の中に見られる、そしてジャファーがドイツ隊のレポートを持ってきた、その中にこの断面調査の写真があった。やはり相当、石などが動いている。とにかくきれいに掃除をしてみることにする。ところでウムカイスの考古局の責任者のイマードがベートラースに、そしてベートラースのサラーメがウムカイスの責任者として赴任することになった。よろしくどうぞ、Mr.サラーメ。
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平山、小谷も元気だ。それに日本に帰ったからか松本もすっきり、いい男? 乾杯!
(写真が小さすぎる、これも解像度をおとさないとブログに載せられないのでこうなった、悪しからず)後で修正しまーす。
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写真写りは良いのだが、部屋の中央にぶら下がっているのは何?
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地下墓の入り口 には盗掘されないよう立派なドアーが設置、これで墓は護れるか?
by matsumotoken | 2007-10-08 11:40