2005年春から始まった発掘調査の概報をお伝えします。


by matsumotoken

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かねてから、ウムカイス周辺の地域の人たちとウムカイス遺跡の関係を知りたいと、2007年の春にはこの地域の教育長に挨拶に行って子供たちと交流を持ちたいと要望した。それら1年たった今日、遂にウムカイス小学校を訪問することができ、交流が始まる事になった。それは富田さんが東京の小学校から絵や習字、また教科書、学校の様子が移った写真などを子供たちに紹介することからはじまった。ウムカイスの小学校は女学校。1年から9年生までで、400人児童がいるとのこと。教員から全て女性。皆とても素直でかわいい(富田談)。
今後も夏に、そして12月にはテレビトークができるといいなーとの計画がたてられている。とてもいいことだ。大使館も大いに応援していきたいとのこと。子供頃から文化遺産の大切さを知ってくれるように我々も積極的に地元の人たちと交流していきたい。
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ウムカイス小学校6年生の元気な女の子。

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ウムカイスの校長さんと絵の交換をする富田さん(嬉しそう--ー)。
by matsumotoken | 2008-02-29 02:01

来た来た来た皆な来た。

今のウムカイス隊はベストメンバー勢ぞろい。
 松本(考古)、東郷正美(法政大、地学)、戸田(考古)、長谷川(地理)、小野(土木工学)、後藤(GIS),富田(元小学校教頭)、平山(考古)、小谷(考古)で頑張っています。天気は雨が降ったり、天気だttらリ、でもそろそろ春がきたような感じ。現場も一面黄色い花のジュンタンが惹かれたような感じ,サウンドオブミュう十区の音楽が流れ、踊りたくなるな野原である。今回は東郷先生との中東ににおける地殻変動などで、毎晩大激論。面白いーーーい。果たしてウムカイスに大地震があったのだろうか?痛切では紀元後の748年に地震があったのだ。その証拠は?円柱が4本並んで倒れているのだが、これは大地震で?そのほかにいろいろな証拠があると思うのだが、そのうちに見つけて地震考古学をやってみよう。4-5日前に震源地レバノンで地震があったそうだ。中東でも地震があるのだ。寒い中遺跡や遺物の調査の整理をしているのだが、明後日、戸田、小野さんは帰るそうだ。でも今回は特に円柱の計測で成果があった。円柱のパターンができてきた。この形が法隆寺のエンタシスにつながるか?
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東郷先生の地震教室
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小野先生の猥談教室
by MATSUMOTOKEN | 2008-02-26 02:01
もうじき再度ウムカイスへ、その準備もしなければならない。今度は2月18日に松本、戸田、小野の3人で行く。その前に冨田さんが一足先にパルミラ経由でウムカイスに着く。
ところで、私は日本に帰ってくるといろいろな事務的なこともあって、ウムカイスへは集中できないことが多い。ところが連休の前日奥さんが奈良に行くけど行かない?と聞かれて、はっと思いついたのが、法隆寺や夢殿のエンタシス、これは必見と快く行こう!ということになった。そして8日早朝出て、まっすぐ法隆寺へ。そこには,どっしりとしたエンタシスの柱が立っているではないか。ただローマの列柱道路の円柱に比べると、どうしてもずんぐり型だ。まるで日本人の体型そのものといった感じ。建物の天井も低いし、今風でいうと決してスタイルは良くない。それに比べてやはりヘレニズムの究極の美はすらりとした美女の体型と同じだ。これはその柱の縦横の寸法を測って、その比を法隆寺とウムカイスの円柱の比を比較すると、その違いは明確だろう。遠いヘレニズムやローマ文化が西アジア、中央アジア、インド、中国、朝鮮半島を渡って、日本にまで伝わってきたその証明がここ奈良の法隆寺に見られる。これはすごいことだ。触ってみると、木のぬむもり、そして1500年も支えてきた自信と誇りを持っているようにも見え、頑張っているなー、と叩いてみたくなった。さらに夢殿には八角円堂が建てられて、聖徳太子が祀つられているが、その柱も八角をなし、さらにその八角形の柱そのものもまたエンタシスになって、柱の上の方が細くなっているのがよくわかる。これらは外から見ると全体が丸みを帯びてどっしりとした感じに見える。こうした中で、やはり五重の塔は日本が誇れる究極の日本建築といえる。バランスよく配された伽藍の中で、最も日本的な美を見せているのではないかと私には思える。この伽藍の周囲を囲む回廊はまさにウムカイスの八角堂を中心としたホーラム(市民の集会所)を囲む列柱まさに同じ形式であり、同じ機能であっただろうとは誰でも予想できよう。まるでウムカイスの石灰岩や玄武岩製の建物を木製に変えて、それを建てただけのようにも見える。ただ長い年月と遠く日本へ伝播してくる間に、元々は市民が気軽に神殿として、また憩いや市場の場として使っていたものが、段々形式化されて、日本では身分の高い人だけの施設になっていったようだ、ただそいうものだけが残ったのかもしれない。
今度ウムカイスでは円柱の測量をする。果たしてエンタシスの比率は?縦横の比率は?
円柱の下の台座と円柱との関係は?全体の高さは?まだまだ多くの文化が伝播して来たにちがいない。直接、間接ながら、日本と関係があるのではないかと思うと、いろいろと興味はさらに深くなり、調査団員、皆、張り切っている。いくぞーーー〜〜〜!

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法隆寺中門
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法隆寺中門、エンタシス
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法隆寺五重塔(下の雨避け用の屋根は裳階と呼ばれ、木製の板を組み合わせて造られている)
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夢殿
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夢殿の柱、この柱も八角形そしてエンタシス
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9日は一転して雪雪雪の中の東大寺
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風雪に耐えて歴史、文化を未来に繋ぐ東大寺南大門
by matsumotoken | 2008-02-12 17:58