2005年春から始まった発掘調査の概報をお伝えします。


by matsumotoken

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西浦さんが明日来る

今日NOORさんから電話があった。彼女は妊娠していてかあまり体調が良くないらしい。だから保存の仕事ができないと、我々と一緒にウムカイスで働けないのが残念らしい。しかし今は体を赤ちゃんを大事に思うことが大事でしょう。そこで今までの保存調査情報をすべて集めることにした。また代わりに時々来ていた彼女の友達と相談することにした。特にコイン、フレスコ、鉄釘、モザイク、ガラス、土器などなどいろいろだ。これもまとめていかねばならない。藤田・片多さんどうしていますか?今度の報告会、シンポには来ますか?
ただ今日もウムカイスは雨、寒い、冷たい、折りたたみの傘が役に立っている今日この頃です。因みに傘のことをシャムシーヤと言いますが、意味的には日傘です。太陽のことをシャムスと言います。皆ヨルダンの人は傘は使いませんが、ジャファーはかっこいいのを買ってきました。店でも売るようになってきました。しかし雨が降る肝心なときは持っていません。ま~、私もそうですが。
by matsumotoken | 2010-01-26 03:54

久しぶりのいい天気

久振りに良い天気。昨日までは冷たい雨。今日はどうしても写真測量のポイントが合わない。そこで写真測量のやりなおし。久しぶりに平山現場へ、周りは変わっているが濃くなって、いろいろな花が咲き始めている。もっともっと現地から現場から学ぶべきこと多し。今2000年の時代が文化が、人々の暮らしがよみがえろうとしている。ウムカイスより
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気候のせいか?気のせいか? 夏に比べると野性味が???

因みに昨日のマダバの教会の床のモザイクですが、右手がナイル川デルタ、中央が死海、左下、エルサレム、地中海は下の端です。
by matsumotoken | 2010-01-24 00:25
これはマダバの教会の床にある地図である。おそらくローマ時代からのモザイクだろう。これでどこに何が書いてあるのか探してみよう。地中海は、死海は?エルサレムは、ナイル川は?などなどである。参考意見としては、北は下側になる。
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少々見えにくいが、これがマダバだ。
by matsumotoken | 2010-01-23 04:40
先週も木曜日アンマンから帰ってくるとき途中でアルース(結婚式)に出会った。道路いっぱいに踊りの輪が広まって、そこを通過するのさえままならぬ状態だった。今日も周辺でやっているようだ、車のクラクションが騒がしい。このところ数年結婚式のダンス(チョビ!チョビ!)も参加していいない、少々お疲れか?今から春にかけては毎週のように結婚式があるだろう。最初の頃は燃えてよく輪になって踊ったものだ、なあ、後藤君!今年は6月あるいは7月頃から2年間ウムカイス滞在して研究するとか、ウムカイスに来ると、毎日のようにチョビ、チョビだろうけれど、あまり羽目を外さないように。みんながもっとウムカイスにきて研究、勉強ができるような環境を作りたいと思っている。もっと学生にもウムカイスのことを話して皆が関心持つようにしていこう。岩田さん、ウムカイスの女性の民族衣装を買いました。結構良いもので刺繍がなかな良いようです。隣の八百屋のお母さんと奥さんと娘の服だったものです。別れを惜しんで、服にキスをしていました。今度資料として持って帰ります。お楽しみに。
by matsumotoken | 2010-01-22 05:13
我々の日常の生活は朝5時ころに起床、6時15分に朝食、そして6時45分に現場へ、遺跡の中にDigHouseがあってそこで遺物の整理を朝7時からしながら、またまとめをしている。10時の休憩(朝食?)が30分あってそれから2時40分まで仕事する。今はジャファーとアハメッド、アブガーシム、そして我々松本と平山洋が携わっている。このところ雨が降るし、少々寒い。それでも部屋の中で土器洗いやデータベース作成を黙々と行う。このところ2週間くらい、平山洋は事務所の方で写真測量での写真の接合を行っている。大分出来てきたがーー。やはり写真測量は測量して何を言いたいのか、何を表現したいのかということが、わかっていないと、幾ら写真を撮ってもどこが抜けていたり、映りがよくなかったりしてしまう、なかなか難しい。
ところで、来年度は科研が通るかどうかで大分ウムカイス調査に影響が出る。実際何もできないかもしれない。手弁当で発掘しなければならないかもしれない。それでもやるぞ~~!!またイラク人研修もやってほしいとイラク側の要請も強い。ユネスコの会議でも強く要請された。これだってボランティアだけでできないことがある。いや多すぎる。関係部局で考えてくれていることでしょう。GOTO! GOTO!  後藤君! イラク人が文化遺産研修待っているよ。
などなど考えていたら、夜の2時になってしまった。通常は9時ころには寝なければ.。という今も10時を過ぎてしまった。小野さんに教えてもらったインターネットのカラオケでグッドナイトベイビーを聞いてお休み。
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突然下のガリラヤ湖から霧が湧いてきて、視界がきかなくなった。そのあとは大雨の一日だった。
by matsumotoken | 2010-01-21 05:08
ハイダル。再度、日本に来れるようなったようだ。おめでとう。今度は日本語も頑張ろう。君が日本とイラクの懸け橋になってくれることを祈るし、できることは協力したい。ところで今度は少々長い道程になるよ。家族の理解は大丈夫か?遺跡は大丈夫か?衛星写真で見ていると相当盗掘うけているようだ?いろいろと心配があるだろうけれど、とにかくwelcome,Welcome。ウムカイスより。
by matsumotoken | 2010-01-20 05:56
ウム・カイスにはウマイヤ朝(AD661ー750年)の遺構は確認されていないが、土器片はわれわれの発掘地域でも時々見られた。それがコツコツと土器洗い(アブガーシムが主にやってくれている)をしている中で、時々面白いものが混じっている。しかしそれらは単発で、層位的に把握できず、なかなかその意義がつかめない。ところが今回、G19(われわれの発掘地での最も東側の区域で、まとまって土器片が出ている。それは新たな遺構の壁が確認されているところだ。(作業員がいつも集まってお祈りするところ)そこにはおそらくかってモスクがあったと思うとジャファーが言っていた場所でもある。その近くのG19から最も典型的なウマイヤ朝の土器片が出てきた。これは非常に興味あることであるが、僅かに80年もたたない中でビザンツ時代からイスラム教のウマイヤ朝の文化を築き、それが全世界に広く伝播していったその、過程をビザンチンからイスラム、ウマイヤ朝へ移行する中に見ることができる。これは非常に興味のある研究となろう。もちろん周辺にはペッラ、アンマン、カッスル・アムラなど、以前行ったウム・アル・ジマルなども含まれる。
そうなるとわれわれの発掘地ではヘレニズム、ローマ、ビザンツ、ウマイヤ朝の時代の文化層と遺構があることになるリッチな遺跡である。
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これがUmayyadsの土器片
by matsumotoken | 2010-01-19 00:47

Beautiful !

見てください!この純な花!最初芥子かと思っていたら、アネモネ。画質を落とさないと持って綺麗なのだが。
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菊?コスモス?
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CROWN ANEMONE
by matsumotoken | 2010-01-17 00:37

ウムカイスは暖かい

昨夜、1月14日にパリからウムカイスに戻ってきた。パリは寒く雪が降る日もあったし、歩道が凍りついて、歩くのにも要注意であった。それに比べてウムカイスは暖かい。15度はあるだろうか?気候の点では過ごしやすいところである。ただパリと言わず東京でも何でも有りで、お金さえ出せば
何でも手に入るという感が強くした。ユネスコでのイラク文化遺産復興調整会議の内容は考古遺跡や歴史的な建造物、古文書、更に無形文化財などを護っていかねばならない。またバビロン、エルビルを含め世界遺産に指定して人類共通の文化遺産として、大切にしていかねばならない。そのためにはどうすれば良いかという会議である。海外流失した遺物の返還の推進。博物館の修復や新たな建設などの支援、文化遺産の研修の支援などが、特に欧米から提案されている。正直言って、イラク戦争以前のイラクを幾らかでも知っている人だとそんなに海外から支援受けなくても、もともと豊かな国だし、自ら復興できるのではとも、思ってしまう。ただいろいろな分野の技術的な支援は必要だと思う。一刻も早く発展し、自分たちを取り戻したいと気持ちがイラクの人たちの意気込みとして表れている。ただ日本でもそうであったように政治の社会は予測がつかないことが多い。今後のイラクは多く問題、民族、宗教などの諸問題を抱えながら、同時うに突き進んでいかざるを得ない。そして経済的発展していく中で、それらの諸問題が徐々に解消していくのではないかと思った次第。私は2003年の3月と5月に行っただけで、現在の状況は正確には知らない、大分落着きを取り戻してきているようにも見える。できるものなら、イラクに行って、我々が何ができるかを考えてみたいところだ。
by matsumotoken | 2010-01-15 23:19

早、七草粥

三井君、関君、元気か。熱は下がったか? 早いもので7日、今はもうウムカイスは花が咲き始めて、まさに春がきたような天気だ。現在私はユネスコでのイラク文国際化遺産復興支援調整会議に出席するための発表準備。戸田先生は瓦の整理とまとめ。平山洋は関と三井が帰ってから少々のどに違和感があるようで、昨日夜町医者へ行った。扁桃腺のようだ。今日はもう大分良くなってきたようだ。その町医者はフランスの大学の医学部を出ているそうで、何とイラク人だった。そこで話がいろいろと出て、意気投合。平山は今バルーンで写真測量した写真を繋いでいる。結構根気のいる作業だが、大分集中して出来るようになってきた。戸田先生は10日には帰国する。私は10日の01時40分にアンマンを出て、パリそして14日にアンマンへ戻る予定。今年も何かといろいろとありそうな年のようだ。
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バルーンから撮影
by matsumotoken | 2010-01-08 01:00