2005年春から始まった発掘調査の概報をお伝えします。


by matsumotoken

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今日本だ!

10月20日に帰ってきた。少々寒いがやはり日本だ。空港で戸田先生、小野さんに電話する。もちろん我が家にも。皆なんとか元気の様子。それから次の日早速科研の申請に取り掛かる。そう簡単にはかけない。目的や計画がしっかりしていないとかけるものではない。それから苦戦する。21日は小野間さんも代休で休みだったので、22日に梅ヶ丘にいく。無事梅ヶ丘の天日はすっきりと展示室が展示されているではないか!ちょっとすっきり、かっこよくなった感じ。「ヨルダンのモザイクたち」の展示だ。しかしその日に戸田先生に会ったのだがーーーーー?????あれ~~~!!どうしたのですか?今から授業だとのこと。大丈夫??
というわけでいろいろあるのだが、私は何とか科研を出した。これで通らねければ私としては手の打ちようがない。それが現実。皆も同じ。私も皆さんと同様、やってることはすごいことだとおもうのだが????長島さんから指摘されてなるほどと、修正するが、インシャーラー!!!
何やら台風が来ているらしいが、被害がなく無事過ぎたらしい。昨夜は夜中にかなりの揺れで地震、久しぶりの大揺れ、結構でかい!!! 震源はどこだ? 
すこしやっとひまができて床屋に行く、いや美容院にいった、久しぶりだ。ウムカイスでは自分で髪切ったのでギザギザあたまだった。すっきりした~~!今日はちっと寒いが、久しぶりの土曜日だ。ウムカイス、アインマグーク頑張っているか?新発見は????
by matsumotoken | 2013-10-27 00:02
我々の発掘の許可は10月15日までだが、10月14日からイード(ハッジーになるためのメッカ詣で)で祭日となるため、13日で発掘は終わった。13日は例のマンサフパーティで皆の苦労をねぎらった。また交流を開いてお開きとなった。今年のヒツジはニュージィランド産で安くて丸々太っているそうで35キロもあるそうだ。確かに肉はたっぷりあり、皆もあわてないで食べていたようだ。ただ今日で終わりであとは給料もらって、マンサフだということで皆も浮き足立っていて、最後の清掃までが今一つだった。それでも今年の発掘は特に北側のウマイヤ朝建築を中心に明らかになったことが多い。また南側の大通り沿いの建物が大通りの下を通っていることが明確となり、大通りの建設が初期ローマ時代という通説は訂正する必要が出てきた。我々の精査の結果であろう。その13日に後藤君がマンサフパーティに空港から滑り込みで間に合い、皆とも再会した。その後イードは我々は毎日ウムカイスの発掘現場用ハウスで遺物の整理である。箱詰めの遺物を移動し、整理する。重ーい、腰が~~~痛~~い!遺物も平山君が毎日整理と同時にデータ作り。しかしこれが進まないと前にはいけない。やらねばならぬ第1っ歩。そうしているうちに明日はイード開け、今度は分布調査開始である。と同時に私は明日19日アンマンを発って日本へ、科研の申請、健康診断などなどが待っている。分布調査はアムジェットさんが早めに9日公用車でマルカからウムタワーキそしてヤルムーク川まで、10日には小学校の三園とウムカイス小学校の交流が終わって、マンスールからヤルムーク川まで、そしてマルカの盗掘現場に行って、行くべく所は行った。明日からはアインマグーク遺跡の試掘に入る。因みに分布調査はイードの休みの分だけ延長してもらって、11月4日までとなる。今度こそは銅石器時代あるいは初期青銅器時代の遺構にあたることを期待する。マッサラ―メ
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これがテメノス。ゼウス神殿だ~~~?戸田先生! やはり神殿だけあって瓦も質、大きさともに違う、実に素晴らしい。
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皆、お疲れさ~~ン!
by matsumotoken | 2013-10-19 00:45
2008年から毎年この10月に実施している東京三園小学校とウムカイス女子中学校とのスカイプを使った交流会が行われ、一回もインターネットが止まることなく大成功の裡終了した。
プログラムは歌や文化遺産クイズ、そして伝統文化の紹介などであるが、両校ともに練習も重ね、準備され、完璧に演出された内容であった。今後もさらに交流が深められていることに期待したい。

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ウムカイス女子中学校の民族衣装の紹介
by matsumotoken | 2013-10-11 20:37
我々が発掘してきた領域も段々わかってきました。もちろん問題は山積みですが、ついに神殿を掘ってみようということになりました。もちろん発掘許可を得ているのですが、ちょっぴり不安と、大いに期待とが入り混じっています。さてどう展開していくのか、大方の平面はわたっているようですが、ほってみなければわかりません。少しの情報ですが、1968年の中東戦争の時に築かれた防空壕の跡形もありますが、そこは何とかオリジンを見つけて明らかにしたいと思ています。さてどうなるか?今回はあくまでも試掘ということで許可を得ていますから、あまり大きな期待はできませんが、今日は清掃をしてきれいになりました。明日から試掘を始めます。乞うご期待!
因みに神殿の一番高いところ鎮座する樹木はボトムという豆がなる木で、その豆でジュースにもなり、アブガーシムが飲ませてくれる木で、何か聖樹を思わさせます。我々の今の遺跡発掘地にも大樹となって鎮座しています。
イラクのクルディスターン地区ではやはり山のあるいは丘の高いところではぽつりと木が立てていて、何かお祭りをしているような跡も見られます。聖樹としての存在感を感じさせる樹木です。ともあれ、何とか残していきたいものです。
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ウム・カイス/ガダラの聖域
by matsumotoken | 2013-10-04 08:12